ほしのやしろ TOMOKO

ほしのやしろはあなたが本来のあなたに還る場所。

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じぶんが受容できる時

自分を知る。このテーマは生きる意味を見出す行為でもあり、希望である。知るという意味は、ここでは頭でわかるといった意味合いではなく、腑に落ちる、安心する、愛が生まれるといった意味合いで使っています。知るというのはどういうことかの定義は難しいです。頭で知っているだけでは、気持ちが伴わないことが多く、結果、行動に繋がっていかないといったことがあるからです。その反対に、なんだかわからないけれど、わかった。わからないけれど、とても腑に落ちた。安心した。なんだかとても理解でき、すっきりした。という体験、つまり、本当に知ることが出来た体験は、意識が変わるという体験となるのだと思います。エネルギーワークやヒーリングを受けて、何が変わったかわからないけれど、なんだかスッキリした、という方はがその体験そのものです。深い部分で「わかる」「知ることが出来た」という体験。私自身の話をすれば、自分の人生がどういう意味合いがあるのか、何をしたいのかをずっと探求してきています。掘り続けることで見えてくる部分がある。以前のブログでも書いてますが、学生の私は物理学の教師になりたかったのです。しかし、親から大学はあきらめるように言われ、自分で何とか掴み取った、教職課程のある短大は、入学後にカリキュラムが変わり、教職課程を取ることが出来なかったのです。農学部であったため、未来の目的を無くしたまま、植物や動物の生態を学ぶ日々を過ごしました。その過程で、造園会社に入社し、現場職人として植物と向き合う日々が訪れました。そして、今。覚醒の苦しいプロセスを経て、辿り着いた、見たくない自分たち。その中で、中国大陸に居た、長い間、地縛霊として存在していた自分の一部分を取り戻した経験を今回は語らせていただきます。普通は気付かない、こんな体験。そもそも、他人から見たら、噓でしょ?という、話ではあります。それに気付いたのは、ある先生のリーディングがきっかけでした。私はアジアでの前世が多いと言われて意外でした。自分で思い出せる前世は、エジプト、南アメリカ、ヨーロッパ、日本、と多岐にわたっていたからです。今から思うと、その先生は、苦しくて思い出したくない、がっちりと封じ込めている部分を読み解くことのできる方だったのだと思います。(多くの方からみると、私は日本の陰陽師系の巫女世が強く表面に出ている人みたいです。これは自分ではわかりませんが、リーブス関係の方々が、10人が10人そう仰るので、そうなのだと思います。面白いもので、自分も、陰陽師講習を受けてから、技が自然に出来てしまうので、どこかでわかっていたのだと実感しています。)私はアセンションに向けて意気込んで地上に降りてきたものの、地球の波動の重さに身動きが出来なくなり、何度も足を取られて、おぼれていく。こんなはずじゃなかったと言って、何度もチャレンジするも、この重さに身動きができない。今は、そんな過去世も背負い、自暴自棄で生きている、と。でも、やりたいことがあるのでは?簡単に要約すると、そういうことでした。思い当たる節もあり。そこで、一番悲惨な中国での過去世を思い出し、以前(その時からもう7年も前)の別の先生のトランスのセッションで見た砂漠のイメージを思い出したのです。そこで見た砂漠のイメージは、ある銀河神界の方にトランスした体験で得たイメージでありました。トランスしたとき、そこを思い出さないか?と私に問いかけてきていたのです。その砂漠は中国のものであり、私の一部がまだそこで2000年以上の時を超えてくすぶっていたことがわかってきました。全側面の封印解除を受けた時、その記憶は紀元前525年のものだというところまでわかったのです。すぐさま私はさ迷っている自分を呼び寄せ、統合しました。現世の自分が自暴自棄であったのは、その地縛化している自分の現われでもあったことがわかってきました。その何年か後の、また違う先生とのセッションで、何故地縛霊となるのか?という話をお聞きしました。普通は宇宙はスピリットから生まれ、おおもとのスピリットから、私たちの魂は分かれて生まれていく。そのスピリットを創造主と呼んだりするのですが、私たちの魂は、人間として生まれている以上、地球に属しています。その中で、輪廻転生というリズムにのっとって自然のサイクルがあるわけですが、そこに乗れない(地縛する)ということは、自然と繋がっていないということだと。その時はただ話を聞いていて、頭ではそういうことなんだなと知りましたが、腑に落ちてなかったのです。そこで、最近、自分は何をしたいのかを掘り続けているうちに、専門的に勉強したのは農学、植物のことでした。でも、花屋になりたいとも思わなかったし、それを仕事で続けていこうとも思わなかったので、何のために農学だったんだろう、と悩んだんです。私はそこで気付いたのです。改めて、私は自然と繋がるためだったんだ!と。農学を学び、造園会社で働いた経験と、もともと土を触るのは好きであったので、今でも家庭菜園や庭仕事を趣味でしています。それはもう私の生活の一部であり、欠かすことのできないルーティーンです。やりたいと思ったけれど、やらなきゃいけないと思ったことはないんですよね。私にはそれが必要だったのです。そこで私はようやく腑に落ちたのです。腑に落ちるってこういうこと、と、自分自身の重要な一部分を安心して受容できた経験となりました。メニューには出していないのですが、対面で、本当のあなたを引き出していくワークをカウンセリング形式で行っていこうと考えていますが、受けたい人いるかしら。場所は湘南付近となります。

自分の人生を豊かにするには?

自分を知り、それが腑に落ちるという経験は、とても気持ちのいいものであり、今までせき止められていたダムの扉が開くように、自分の中に満足感が流れ込んでいく感覚があります。私は自分で自分を知りたかったのは、自分という人生は何なのか、また、今の自分をより良く変えていくためでした。自分を追究していくと、宇宙の仕組みにまでたどり着くこともわかりました。要するに、私たちは一人では存在していないことを痛感したのです。つまり、自分というものの探求をしていくにつれて、自分は人知を超えた仕組みによって生かされていて、自分にはその都度、必要なことしか起こっていないということがわかってきます。どんなに外からは幸せに見えていても、どんな人にも苦労があり、悩みがある。そこから希望を見出すことが生きるということではないかな?と感じています。その見出す希望は、個々によって独特のものであり、オリジナルな創造力ということになるのだと思います。自分を知ることで、自分という存在そのものが腑に落ち、自分のやりたいこと、やれることがいつのまにか出来るようになる。しかし、自分というものを受容できない場合、そこに癒しにが必要になってくるのです。通常は、そこを癒すことは難しいのですが、ヒーリングを利用すると驚くほどに自分の世界を受容できるようになります。ここでいう受容とは、今まで見たくなかった(あっても見ていなかった)ものが見えるようになったり、気付くようになることで、自分にとって必要な物事を取捨選択ができるようになることを言います。それにより、あなたの人生は選択の幅が広がり、飛躍的に豊かになっていくのです。あなたの人生は自分で思っているほど狭くなく、むしろ、無限大に大きいということを実感していただきたいのです。

他人から見た自分は目安として

自分のことは自分にしかわかりません。でも、自分で自分は見えにくい。人のことは良く見えるのですが、他人が見ている自分も、自分の知りたい本当の自分とは違う可能性もあります。私も自分が何なのか知りたくて、リーディングをずっと求めていました。リーディングは自分のためにもなりますが、あくまでも自分の一部分。わかりやすく言うと、地球をリーディングした場合、ある人は、あなたの中に日本という国があり、その中にほしのやしろのTOMOKOという人間がいますまたある人は、あなたは今、アセンションという変革の時期に来ています。また別の人は、あなたの内部のマグマが今にも噴き出そうとしています。また、ある人は、あなたにとって助けとなる動きが今年中に起こります。人によってさまざまな読み解き方をするわけです。全てが正解で間違いではないのですが、ここで重要なのは、地球が何を知りたかったのか? です。その知りたかった答えというものでない場合、それは間違いだ。そのリーディングは当たってない。と、人によっては判断してしまいがちになります。。私自身も、8年前に言われたことがようやく腑に落ちることもあり、自分で自分を掘り下げていかなければ、本当の意味で自分を知ったことにはならないと感じています。自分を知ることで道が開けてくると思うのですが、知るというのは、腑に落ちるという意味で、ここでは書いています。人間としての自分で「知る」というよりも、自分のすべてで「わかる」という感覚。それは、人知を超えて理解することにより、スッキリしたり、安心したり、生きる気力が湧いてくることです。リーディングを受けることが悪いことではなく、むしろ、自分を追究してる人にはとても有効なツールであるとは思います。しかし、なんだかわからなくて、他人から言われたことを鵜吞みに行動することは、自分というものからズレる可能性があるので要注意です。ここほしのやしろでは、自分で自分がわかるようにセッションを促していきます。自分を知るということを体感していただき、自分開きをしていただきます。それは、長い間苦しかった自分自身を超えていくための手段でもあり、個人アセンションを促していくきっかけになれば幸いです。

あなたは何者?

少し前に、願いを叶える事という内容でブログを書きました。願いを知ることは自分を知ること。多くの人間がいる中で自分という存在の役割はさまざまにあると思いますが、例えば、子であるとか、妻であるとか、母であるとか、会社員であるなど。それらの役割をすべて取っ払ったら、あなたというものを表すにはどうしますか?自分というものはなぜ生まれて、なぜ生きているのか。それは誰にもわからないようで、実は一番生きるという部分の根幹を担っている問でもあると思います。実は自分を知るということは、生きるという希望でもあると考えます。しかし、自分を知ろうと思うきっかけは、私の場合は治らない体調不良でした。藁をも掴む思いでスピリチュアルな世界に入っていったのですが、そこは未知の世界でもなく、過去世で幾度となく生きてきた記憶のある、知っていたフィールドで…私の希望も絶望もが詰まった場所でした。瞑想をして変性意識になるたびに、私は全てを知っていました。普通の意識に戻ると、知っていると思っていたことを、たちまち忘れてしまいます。それは、人間としてのスペック的な、物理的な問題であることも理解してきました。通常は過去世や未来世の記憶を顕在意識で把握して生きてはいないからです。生きるということは、シンプルに「今の自分」を知っていくこと。それ以外にないと思います。自分を知ることは、外の世界をも、本当の意味で見ることが出来るからです。自分の中から湧き上がる「本当に」したいと思うことをして、周りと繋がり、喜びを見出していく。ただ、それだけのことなのです。でも、そんなシンプルなことですが、それを実行することは難しかったりします。でも実はそこが、あなたの中の癒しが必要な箇所です。その部分を癒すことで、見えなかった道が見えてきて、思っても見なかった未来を実現していくことに取り組むこともできるのです。あなたの中の癒しが必要な場所を見つけることも、自分を知るということの醍醐味でもあると思います。

癒しが起こるのは、自分の中の闇を〇〇することができた時

神話について先日のブログにも書きましたが、だいぶ前のブログにも物語療法ということを書いたと思いますが、物語を読むことで癒しが起きるという話です。神話の信ぴょう性を個々で問うつもりはありませんが、私の人生において、神話というものは生きる上で今でもいろいろなヒントを与えてくれています。日本神話であり、最古の歴史書と呼ばれる古事記は、造化三神の話から始まることから、神聖幾何学の宇宙の始まりの話であるのを予測できることから宇宙の始まりから丁寧に書かれていると理解します。また、私の知るギリシャ神話はテーテュースという川の神(龍?)のから始まることから、ガイア、つまり地球の創生から物語が始まります。このあたりから、日本神話、日本、日本人というものが何なのかを掘り起こしていくことも楽しいのですが、またの機会に。神話というのは、私たち人間の人知を超える存在としての話、または、私たちの考えが及ばないほど昔の話、どちらとも取ることができますが、いずれも人間の語り継いだ物語であり、いつの時代でも多くの人間たちの興味を引いた物語であったことは確かなのです。日本神話もギリシャ神話も戦いの場面が多く描かれていますが、これが何を意味するのか。私は子供のころから、神様なのに、日本神話ならイザナギやスサノオ、ギリシャならゼウスやヘラなどが、とても人間臭くて、神っぽくないと思ったものです。それは、神が人間として生まれなおし、地上での葛藤、つまり、ディセンションの過程でもあり、アセンションのヒントも含まれた物語を描いたものでもあると解釈できます。日本神話ではヤマタノオロチ、ギリシャ神話ではメデューサなどが「悪」としての代名詞で有名ですが、果たして本当に悪であったのか?というところが私としてはずっと気になるところではありました。人間の視点から描かれているので、人間の解釈しやすい形での感情論が盛り込まれる…それはそのはずなのですが、私の周りを見ても、根っからの悪というものはそうそういないとも感じます。私は蜘蛛が大の苦手ではありますが、彼らも「悪」ではない。むしろ益虫とも言われていて、悪い働きをしていません。しかし、私の家に出てきたら、良くないモノ、笑。手のひらサイズなんか、もってのほかです。ただ、うちではクモは出ますが、ゴキちゃんが出ないことから、やっぱり手のひらサイズちゃんが食べてくれているのかなと思うと喜べはしないけれど複雑です。もしかしたら世の中はみんなそうではないかなと思います。例えばメデューサがお隣さんで越してきて、初めて顔を合わせて挨拶するかしないかのうちに自分が石に変わってしまったら。メデューサは石に変えてしまうという自分の能力に初めて気づく。それは、メデューサは、悪?メデューサにしてみれば、ただ、生きているだけなのです。怖れという名のもとに、それを人間は排除してきた。ただ、人間にしてみても、それはただ、自分が生きるための選択であったはずなのです。神話はそれを戦いとして表現されてますが、私たちが送っている日常生活でも毎日のように起こっていると考えます。ただ、相手が自然と発揮している能力を「普通ではない」と排除するか、「普通ではない、稀な能力だ!」と調和を取るか、今の時代は選べる時なのかなと思います。今までは怖れから排除するということが多かったように思いますが、令和から、特にコロナ過からは調和というものについて考える人も増えたような気がします。もれなく私もその一人ではあるかと思いますが、調和を取り持つというのは、外だけではなく、自分の中の闇をしっかり見据えたうえで、愛を持って行動できることだと理解します。メデューサの話はかなり分かりやすく、人間は自分の悪というものを見つめる時、見たくないあまり、避けたり、見るとショックで動き出すのに時間がかかってしまったりすることの比喩としても受け取れる話でもあります。ギリシャ神話では、メデューサは海の神ゴルゴーン一家から輩出された初めての人間であり、海の支配者という名がありました。それがいつしか悪の代名詞となり、神話に色を添えることになったと私の持つ本には書かれています。その比喩を借りるならば、私自身の人生の中のメデューサもかなり手ごわいものです。過去世からの因縁もあり、全てを石に変えかねない。自分の中のメデューサと対峙するとき、自分の中に在る能力に気付くときでもあるんですね。それを石にするか、メデューサが何であるのかを理解することで、自分の中で闇を作っている光の部分に気付きます。神話とは、哲学でもあり、宇宙の仕組みの曼陀羅をわかりやすく物語にしている部分もあり、また、人間ではない(というか、不変のエネルギー)の象徴であることから、変わらないモノとしての数学的な部分として受け取るとまた、面白みが増すのです。人間としてのヘラクレス、ペルセウス、また、今回のメデューサは、「変わるもの」「変化する余地のあるもの」としてとらえて話を読むと、未知の可能性を感じてなりません。そんな希望をもって今は神話を読むことができるようになったのも、このヒーリングサロンをたちあげ、様々なクライアント様との出会いから、学ばせていただいたことでもあります。はじめはどん底な気分でこちらにいらっしゃるのですが、みるみる力を取り戻されていく姿に、私も元気にしてもらいました。私の経験からも、この世の中に生きて関わっていくということは、とてつもない未知の可能性、希望があるのだということを神話は教えてくれていると私は思っています。軌跡というものは、まさに奇跡を起こすためのフィールドであり、それは、人間として生きてきた経験値がすべて希望に繋がる鍵だということを、多くの方に体験していただくお手伝いをこれからもしていきたいと思います。自分の人生は自分が変えていく!そんな方のサロン、ほしのやしろです。いつもありがとうございます。

夏至の光で影を振り返る。

自分を受け入れるということに抵抗を感じる夏至です。暑いけれど、さわやかな風が吹く朝で清々しさも感じます。夏至の日にこんなに清々しさを感じたのは初めてかもしれません。ただいま、期間・人数限定でお得な変革ワークを開催中です。変わりたいけれど変われない。新しく、楽しく生きたい。そんな人に贈る愛による調和を見出すワークです。私自身も先日50歳の誕生日を迎えることができました。友人とも話したのですが、50代になってやっと自分の人生を俯瞰できるようになったのではないかと。自分の人生を俯瞰して見ることって、言葉や理屈でわかってはいても、できていると思っていても、難しいことなんだなあと感じています。そんな中、50という数字の威力。何かどこかで自分の中で分けるというか、エネルギーの分化というか、受け入れたけどやっぱり駄目だったとか、受け入れられないものというのもはっきりしてきているし、逆に、自分の受け入れていきたいものもわかってきている歳でもあるのかと思うのです。そんなこともひっくるめて、受け入れられない自分も認めていく。それが軌跡を奇跡に変える一歩だと考えます。それを一緒にやろうではないか、というのが、今回のキャンペーン。通常は1万円超えるワークではありますが、人数限定で8800円です。このワークの素晴らしいところは(とか自分で言ってしまう)陰陽師の技で、愛をもって諭していけること。できないと思っていた自分に出会えることで、できるかも!という悟りに誘導していきます。こちらもデータを集めたいので、ご感想をいただける方、お願い致します^^。

あなたを開花へ導く!モニター様限定ワーク募集します。

✨あなたの軌跡を奇跡に!青いばらのワーク{完全遠隔版}✨このワークの提供を開始してから、自分自身が大きく目標に向けて揺れ動かされてきました。 時代の流れが速かったり、新しい光がどんどん芽生えていっていることも背景にはあると思います。

この夏至というタイミングはたまたまではありますが、私にとってできることを最大限に提供させていただこうと思い、また、私の学びのためにご感想をくださる方を募集します。 つきましては、モニターキャンペーンとしまして、普段は完全遠隔で11000円ですが、ご感想をお寄せ下さることを条件にモニターキャンペーンとしまして、8800円で定員10名様、期間限定9月末日までで受付させていただきます。  ※お申し込みが上限10名様の時点で締め切らせていただきます。期間内であっても通常の価格に戻りますので、ご注意ください。 ”軌跡は、奇跡へと変えていける”
かつて不可能とされた「青いばら」は、長い研究と探求の末に、

その美しさをこの世界に咲かせました。 その青いばらの創造の軌跡がこのワーク開発のヒントとなりました。  それはまるで、

人が歩んできた過去や痛み、選択のひとつひとつが

本来持っていた“可能性”に光を当て直すように感じたからでした。私自身、辿ってきた過去を否定する期間が長かったのですが、意味のない経験はないことから、自分の辿ってきた軌跡を活かせるように開発したのがこのワークになります。 このワークでは、

陰陽師の技とお申込みいただく方に最善なワークを高次元でチョイスして最大限に活用し、

あなたが辿ってきた“軌跡”を、

これからの“奇跡”の種へと転換するサポートを行います。 それは、 どんな過去も否定せず、嘆きに変えることなく、

“愛による調和”の力で、今ここから未来を再創造していくことを目的としています。――



このワークは、受け取る方一人ひとりの魂の声に応じて展開されるため、

事前に「こういうことをします」と明確にお伝えすることはできません。  “できない”とされたものが、

本当は“今ここで起き得る”ことだったと知るとき、 「あなたの中の青いばら」があなたの人生を彩っていくことを始めるのです。たどってきた軌跡を“運命”と呼ぶのならば、 その運命は、辿ってきた方の意識を変えることで、ポジティブに受け取れるようになるのではないでしょうか。  人生で経験してきたすべての出来事、たとえそれが過酷であったとしても――  それらはすべて、魂の成長と目覚め(アセンション)の材料として、あなたが望んだ最善のかたちで与えられたもの。 過去世を含むこれまでの歩みの中には、

今この瞬間を生き抜くための叡智や力、

未来を照らす光、現状を好転させるためのヒントが数多く秘められている。 しかし、それらは往々にして気づきにくく、

あるいは痛みとともに封じ込めてしまったために、

見えない、引き出せないままになっていることが多い。  それはあなたのオリジナルな能力の材料であるのに。あなたが本来持っている“能力”を引き出してみたいと思いませんか。  ここで言う“能力”とは、

あなたとあなたのまわりの世界を活き活きさせる、あなた独自の能力です。



誰かの真似ではなく、他でもない、“あなた”がたどってきた軌跡が生み出す唯一無二の光。

それを思い出し、取り戻し、人生を再び歩み出す。  そのための開花をお手伝いするのが、このワークなのです。人が歩んできた軌跡は一人ひとり異なり、

それぞれに独自の“偏り”や思考のパターンが形づくられていきます。  その偏りは、ときに生きづらさや制限を生む一因にもなりますが、

実はその偏りこそが、新たな意識へとつながる鍵でもあると考えます。 このワークでは、

その人がこれまで築いてきた特有のパターンを、

“否定”するのではなく“活かす”。  一人ひとりの魂が持つ響きに耳を澄ませながら、

その方にとって最も自然で、愛による変容の道を

陰陽師の技で調和します。このワークは、お一人おひとりの状態や歩みに合わせて、  完全にオリジナルな遠隔ワークとして展開いたします。 お一人おひとりに最もふさわしい形でお申し込みになる方によって違うものが施されます。  その方の魂と波長に合わせて、

幸せや豊かさを自然に受け取りやすくなる“体質”へと、

やわらかに整えてまいります。  本来備わっているのに、まだ自覚されていない能力や魅力も、

無理なく、自然に引き出され、

日常の中で活かしていけるよう促していきます。  このワークは、陰陽道の叡智と高次の領域を融合した特別なエネルギーワークです。  愛と調和を根幹に据え、言葉では説明しきれない精妙な領域で行われますため、

具体的な施術内容を詳細にお伝えすることはできません。 
ですが、受け取られる方にとっては、

ワーク後1日~1週間ほどの間に、心や身体、思考、感覚などに変化が現れてくるでしょう。



ご自身の内側に起こる変化や気づきを、

安心して、そして喜びとともにお楽しみいただけましたら幸いです。☆青いばら完全遠隔ワークのながれ☆

☆基本料金 11000円 ✨10名様限定✨モニターワーク限定8800円1、メールフォームでお申し込み2,自動返信メールに従いご入金 3、ご希望日時にワーク4,1週間以内にご感想をお寄せください※当方のワークは、エネルギー的・霊的な領域を扱うものであり、医療行為ではございません。

診断や治療を目的としたものではないことを、あらかじめご理解くださいませ。 ※未成年の方、また現在、精神疾患により医師の処方によるお薬を服用中の方につきましては、

安全とセッション内容の性質上、ご利用をお控えいただいております。ご了承くださいませ。  ※セッションはすべて、ご本人さまの自由意志によるお申し込みに限らせていただいております。

代理でのお申し込みはお受けしておりません。  ※お申し込みをいただいた時点で、当方のプライバシーポリシーおよび提供するワークの趣旨にご同意いただいたものとして扱わせていただきます。✨お申し込みはこちら✨☆青いばらのワーク お客様の声☆   「自分を愛でる・自分を大好きになりたい」 先日、主人とコンサートに行ったのですが、美しい音色に魅了されてしまい、CDを購入後、列に並んでサインと直接お話もしてファンになってしまいました。今までの私ではありえない行動に自分でも驚き、純粋にワクワクし、学生時代の夢中になった気持ちを思い出しました。サインをもらうために行列に並んだのも、自分の好き!という気持ちに素直に従ってしたこと。とっても気持ちが良かったです。 

イベント御礼・ご報告

TOMOKOです。先週末に行いましたイベント、無事に終了いたしました。ご参加いただきました皆様、誠にありがとうございました^^前回のイベントでいただいたご感想もまだアップできていませんが…このところ自然と覚醒していく流れに乗る方が多い気がいたします。私はと言いますと、自分自身の過去世に翻弄されていた時間が長かった気がいたします。新しいこの流れに切り替わっていく中で、自分だけ取り残されている様な感覚が沸くときがあります。今回のこの神殿は、覚醒するにあたり、避けられない自分が見ないようにしている過去との出会いもあったかなと思いました。突き詰めていくと全ては愛なのですが、人間的目線で見ると正義と悪。どうしても極性となって顕れてしまうこの地球での出来事です。私は自分との対峙において分かったことですが、同じ時代でも、その両方を生きていることが多いのです。切る側切られる側。そのどちらにも正義がある。このサイトを始めた時のブログは、まさにそのようなことばかり書いていたと思いますが、ここにきて、総集編といったところでしょうか。そんなどちらの自分も受け入れる時が来たのではないかなと感じたイベントでもありました。今回色濃く出ていたのは、日本創生の記憶を内包したレムリア神殿でした。私たちの住む日本というこの国の成り立ちは、受容の連続であったように思います。この、受容によって成り立つという国は、日本を置いてないのではないか?とも思います。生まれた時は神社、結婚式は教会、死ぬときはお寺……そんなすべてを受け入れている国はそうそうないのではないかと思うのです。日本人というスペックの高さに私たち自身が気付けるように、このほしのやしろはこれからもワークをご提供してまいりたいと改めて思いました。日本人の持つ龍性を活かし、その方の辿ってきた軌跡を活かして独自な能力を開いていく。そんな時代になってきました。楽しみだなと思います。

調和から外れた意識や壮年の化身とは

バベルの塔の話から、ホツマツタヱの中のハタレ魔大戦のことが浮かびました。ホツマツタヱは私が好きな古文書です。偽書とされていますが、とても理にかなったことも書いてあると感じています。ハタレ魔とは何か? 一言で言えば、
「調和から逸れた、意識や想念の化身」。  もともとは人。 けれど、恐れ、怒り、欲、支配欲といった感情が肥大化した時、
それらは“個別の存在”のように現れ、世界を脅かすようになったのです。  ハタレは、本来尊い力や技術を持ちながら、それを調和ではなく支配に使おうとした。 神世の秩序を乱し、天と地のバランスを崩す存在となった。 その結果、神々との大戦が起こり、粛清されたという神話が伝えられています。 けれど彼らは、単なる「悪」だったのでしょうか?答えはノー。八咫鏡でみると、中身は人間であったので、神は改心することを信じ、許した。🔥 ハタレ魔との大戦とは、私たちの内側の物語 ?ホツマツタヱに記される「ハタレ魔大戦」。 これはただのファンタジーではありません。 それは、まさに 人間の意識の崩壊と再生の物語です。  大地が荒れ、天変地異が起こり、心のつながりが壊れていく  神々は、人々の内側の乱れこそが原因だと見抜いた  最後には、“愛と和”の力が、ハタレの暴走を鎮めていった  この神話は言います。  「戦いではなく、赦しによって、世界は癒されていく」 赦しって統合のことなんですね。 🌍 いま再び、ハタレ魔の時代を私たちは生きている? 現代に目を向けてみましょう。 社会の分断、環境の危機、心の病

過剰な技術、歪んだ権力構造

分断された家族、国家、自己

これらは、ある意味で現代のハタレ魔とも言える存在。 ただし、私たちは“ハタレを通ってきた”存在とも言えるのではないでしょうか。 だからこそ、かつては「敵」とされたものを、
いま私たちは赦すことにより、抱きしめ、癒し、統合することができる。  💎 ハタレ魔とクリスタル 〜過去を澄ませる存在〜
以前、私はクリスタルと対話を試みたとき、
彼らがこう語っているように感じました。  「私たちは、かつて失敗とされた記憶をも、光に還すためにここにある」  ハタレ魔の記憶――
それは地球の中にも、私たちの中にも、潜在的に残っている波動です。 クリスタルは、そうした“方向性のズレ”の記憶”を清め、再統合する鍵”なのかもしれません。  地上と地中のバランスから生まれたクリスタル は内なる中心に戻るための「音叉」としての役割  ハタレの記憶を抱きながらも、そこに調和を見出す導き手   ハタレが象徴するものとは? ハタレとは、

「技術や力」を「魂の意図から切り離して使う意識」

「中心」から逸れた存在  つまり、ハタレは私たちの中にある
「魂との乖離」や「本質からの迷い」の象徴でもあります。 だからこそ、彼らと“戦う”のではなく――
再び中心に立ち返ることが、
新たな創造の鍵になるのです。  塔ではなく、神殿の泉を囲んで かつて私たちは、「塔」を積み上げようとしました。 バベルの塔のように、高さと外側の到達を追い求めて。 外へと積み上げるのではなく、内なる中心へ。比較や誇示ではなく、調和と共鳴

テレパシーのような、本質的な響きの交流へ  今こそ、ハタレの物語を“統合の神話”へ書き換えるときですね。✨ 再統合の時代に、私たちは立っている あなたの中にある、ハタレ魔の記憶。 それは、否定すべきものではなく、
再び中心とつながるための、通過点だったのかもしれません。 「未完了の歴史の再統合」を担うため。 塔を積むのではなく、
神殿を築くように、今ここから響き合っていく――

あなたの存在そのものが、新たな神話の礎となっていきます。  覚書のようになってしまいましたが、何か伝わると幸いです。お読みいただきありがとうございます。

バベルの塔は建てない

昨日、デスクにあるクリスタルと対話した際に、バベルの塔が浮かんだのです。私は太古の地球、太古の人々の様子が知りたいと願っていて、クリスタルと対話できることは、その欲求を満たしてくれることがあります。だから石が好きなのかな?とも思いますが…それはさておき、そのクリスタルはブラジル産だったし、中東産じゃないのになぜバベル?と思ったんですね。石の成り立ちを聞いたりします。そのクリスタルは地上と地中のバランスの兼ね合いで出来たことと、バベルの塔のイメージが浮かびました。バベルの塔は何かの比喩かなとも思いました。バベルの塔は、旧約聖書では、人間たちが天に届く塔を建てて名を上げようとしたことに対し、神がそれを阻んだという逸話です。今、よくよく考えると、そもそも人間に団結によって神に追いつこうとするのを神が怒って阻んだはずないなあと。それよりも、過去、アセンションしようとした過程で、方向性が宇宙と合致しなかったのだろうなあと。クリスタルは、そのような失敗だと思われる経験をクリアにする働きが強いのかもしれません。なので、浄化作用が強いともいわれる所以なのでしょう。そもそも、地上での頑張りをいたわってくれる存在でもあるのではないかな。さて話は戻ってバベルの塔。バベルは、塔です。天に高く建てようとした…それはつまり、統合ではなく力による支配を目指した結果、宇宙の流れから逸れてしまった可能性があるのではないかなと。おやおや。。。それって。今の社会状況とも似てる‥‥?塔が崩壊した後、人々の言葉が通じなくなり、異なる言語を話すようになった。これは、人類が愛による共感力、共鳴ではなく、分離や恐れへと転じた結果、愛による調和を失ったと捉えることもできると思いませんか。クリスタルが今回バベルの塔を示唆したのは、今こそバベルの塔の時代に失われた「ひとつの意識」を思い出す時期だからではないでしょうか。ただ、明らかにわかることはひとつの意識を思い出しても、、私たちがこの時代に創造するのは塔ではないということ。高めるではなく深める。まさに、クリスタルを媒介して、愛を形にするレムリアの神殿のように、中心に調和して統合する。地球の形が物語っていますね。愛の星として中心にエネルギーを集めていく。バベルの塔の話が浮かんだのは、分断から再統合への道を私たちが長い年月をかけて探ってきたからかもしれません。クリスタルは、その鍵を静かに内包している「調和の媒体」であり、失われた統一言語(愛)を思い出すための共鳴装置とも言えるのではないかなと思います。なぜレムリアの神殿はクリスタルなのかというのもわかってきました。このクリスタルはレムリアンシードでもないのですが、とても深いことを教えてくれました。これだから、石との会話はやめられません。この時代まで誰もが隠し持っていた独自の扉の鍵を引き出す。それぞれが新しい未来に羽ばたけるように、ほしのやしろはお手伝いできますこと、幸せに思います。ご縁に感謝いたします。