ほしのやしろ TOMOKO

ほしのやしろはあなたが本来のあなたに還る場所。

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相談/ヒーリング/天然石

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どんどん豊かになるために

私はこれまで、自分軸というものを探求してきた人生でもあります。母親との葛藤や、周りとの調和。母親の言いなりになりたくなくて、その反対を行くのは、自分軸でもないのです。「言いなりにならない」というのは、自分がその時やりたいことではありましたが。それがもとになり自分の軸を見つけるきっかけではありました。強引に力づくにというのは、自分軸で生きているとも言えなかったな、と振り返ります。今でもそれが課題ではあるのですが、力みやすいところがあります。力んで頑張ろうとしてしまうのは、自分軸とは違うところに行ってしまいがち。やろうと思って頑張ることも時には必要だと思いますが、やりたいと思って自然に動ける自分でありたいと思うのです。この、「自然に動ける自分」というのがポイント。この地球が、季節が自然と移り変わっていくように、私たちも自然と成長していく、動いて行けるというのが、今ご紹介している「芽吹きワーク」です。私たちの多くは、本当の自分というものがわからないで生きています。自分は、誰かの子供であり、家族の一人であったり、親だったり、パートの一人であるという、人間社会の決まった役割に当てはめていることが多く、自分を過度に制限していることが多いのです。私という自分だからできること、私だからやりたいと思うことに意識を向け、今までの多くの人生で培った能力や可能性を種にして芽吹かせていくのが、地球のアセンションのサイクルと同調していくこと。それが本当の意味での覚醒をしていくことになります。ただ、そのやりたいことというものに人間は素直に向き合えなかったりします。それは過去世での経験からのトラウマだったり、自分では気付けない能力を封印していたりするからです。今年は覚醒していくのに最も良いタイミング。覚醒すると、全てにおいて人生が豊かになっていくと言います。ただ、覚醒に終わりはなく、私たちはどこまでも成長して豊かさを追究していける。このアセンションの流れの中、覚醒していかないと、どんどん生きづらくなっていくのも事実です。私自身も、自分というものを見つめていくことを恐れずに、人生を動かして豊かになっていきたいと思い、このワークを提供します。再申し込み開始は明日からです。芽吹きの春というタイミングに最適なワークになっています。どんどん豊かになっていきたい人に届きますように。

里山と畑と

3年前に、引っ越しをしました。色々あり、引っ越したいと強く思ったからです。かなり前から、新しい土地で活路を見出したいと思っていたのと、何より、自宅で家庭菜園ができるようなところで、緑が豊かなところで生活がしたいと思い描いていたからです。実際ご縁があったのは、町からもほど近い里山でした。古くから人々が生活をしていたところだったようで、開発時、縄文土器が出土して、工期がかなり遅れていたこともあり、たまたま私の探していた時期とぴったり重なってご縁があったのです。当時、自然と言えば、人の手が加わっていないことだと思っていたので、里山というのに抵抗がありました。しかし、自分も畑をやろうと思っているので、それも自然とは程遠いのではないかと考えていたんですね。学生時代は農学を学び、ランドスケープ(屋外空間のデザインや、都市部の環境など、会館風景全体をもさす)なども学びました。私は、今の今まで、人間が農耕をするということ、また、ランドスケープを考える時、それはすでに自然の一部であるということを見落としていたのです。私たちが人間である以上、私たちを取り巻く環境こそ全てでもあり、また、大切な一部であるのです。前回のブログで書いたように、私たちは隕石でもあるかもしれない可能性。地球に落ちてきて、初めは大地を荒らすかもしれない。しかし、それは自分でも着地のコントロールが不可能だっただけであり、隕石の中に在る可能性というものを使い、地球に豊かさを与えられるかもしれない存在であること。また、それを望んで地球に引き付けられてきたこと。(鳥が落とす種にも似ているなと書いていて思いました。)全ては必然であること。しかし、可能性は無限大だということ。このようなことは、先日、鹽竈神社でのライトワークで感じたことでもあります。杉や檜は、もともと人が植林をして繋いできたという歴史があり、杉や檜は保水力の高いことから、土壌を豊かにし、私たち人間をもいろいろな意味で潤す力を秘めています。(昨今流行る花粉症は、自然に目を向けよという警鐘でもあるのではないかと、私は思います。)私たちが龍脈を通じて繋がることは、全体としての大切な一部分でもあること。その一部分は大切な主だったものでもあることであり、通常、切っても切り離せない繋がりがある。環境を整えることの大切さは、今や多くの人が認知していることです。人間の生きるという誓願というものは、地球に立つという意味でもあると思っています。その人間のワクワクとやりたいことは、到底地球のために思えないようなことでさえも、地球が輝くことに繋がっていくのは必然ではないか?と思うのです。🌟人生が動き出す芽吹きワークの申し込み再開は5月7日を予定しています🌟

人間が生きている意味?

私はなぜここにいるのだろう?と庭師をしていた20代のころ、孤独にさいなまれていました。毎晩寝る前、ふと寂しさを感じました。家族はいるのに、どうしてこんなに孤独に感じるのだろう?と不思議な感覚でした。寝る直前、もうすでに夢なのか、まだ現実なのか、部屋の中がぐにゃっと混ぜられるように消えていくという体験もして、次の日の朝目が覚めた時、あれはなんだったんだろうと思い返した、今でも忘れられない体験です。私たち人間のほとんどがスターシードと呼ばれる、よその星から来た魂だと初めて聞いたときはピンときませんでしたが、ああ、それだからか、と時間がたって腑に落ちたことがありました。時がたって、石に夢中になりました。スターシードはクリスタルのようなものだと感じました。隕石の可能性について知った時、私たちスターシードは隕石のような役割ではないかとも感じました。というのも、隕石の中には地球ではありえない物質の在り方で出来ているものもあり、地球の可能性を広げるきっかけにもなりうること、また、太古の隕石によって生命体が地球にもたらされた可能性も考えられたからです。この広い宇宙の中の様々な概念を人間それぞれが独自に持ち合わせているなんて、可能性しかないと思いませんか。孤独感、疎外感を感じるスターシードですが、それは自分が周りとは違うという自覚が芽生えるからこその感覚だと思うのです。それは、逆に何かを創造できるというサインでもあるかなと思うのです。地球はアセンションを目的として生まれた星とも言われていますので、アセンションするためのたくさんの可能性を重力で引き付けてきたと思うのです。私たちもまた、何かを発揮するべく、その引力に引き付けられて地上に生まれたので、その芽を出すタイミングを幾世にもわたって経験を重ねたうえで図っていたのだと思うのです。今のタイミングは芽を出す絶好のチャンスです。私もやっとこのようなワークをご提供できるようになってとてもうれしく思っています。多くの方々がご自身の芽(独自の光)を発現し、成長させることで、地球のアセンションは美しく進んでいくのだと思います。人が成長すれば、地球も成長するという、シンプルな構図でもありますが、人によって可能性は無限大なのだと感じています。

私たちが生きていくには

やっとライトワークでいただいた叡智をワークに落とし込むことができました。 人生が動き出す芽吹きワーク



と名付けましたが、こちらは私がずっと持ちながらも温めてきたバラバラとした数々のものを合わせることが出来たものです。 このワークこそが種でもあり、可能性というものをあらわしてもいます。 私自身もなかなか芽吹かせることのできない種をたくさん抱きながら、生きてきました。 ただ、その環境は、自他共に、種がたくさんあることも気付くきっかけにもなりました。  ワーカーになってからは、

土地のライトワークがやりたいと思いながら、なぜ土地なのか、また、

人の可能性を信じたいと思いながら、なぜ人の可能性なのかの自身のやりたいことの真意を模索しながら、自分として統合集約していく道を見出すことの難しさを感じていました。  地殻のライトワークに喜びを感じたことから、

地殻と人、地殻と土地と、やることがハッキリしてきて、今回、木の精霊や石の精霊たちの手助けもあり、気付きを得ました。 また、庭師だった経験から、人の手が加わるものを自然と呼べるのか?をずっと考えてきました。  しかし、人間こそ、自然の一部であり、自然と定義づけることが出来るのも、私たち人間であると気付きました。  私たちが人間である以上、地球上の自然と向き合って生きていくのが、また、自然であるのです。 その付き合いかたも、子を慈しむように、また、親を労わるように接することで、無茶な環境破壊は防げるのではないかと思います。 食べることひとつとっても、

野菜だけにとどまらず、肉を食べるにしろ、魚を食べるにしろ、私たちを通しての地球のあり方、つまり自然のサイクルというものが重要であることがわかります。 都会に住んでいるから、自然は関係ないと思う人もいるでしょうけれど、意識を変えることで、

私たちが生きることは、全て、自然と繋がっていることがわかってきます。  私たちが生きるには自然が必要なんです。

自然が必要というと、かなり文としては変な感じですが、私たちが生きること、生きれることが自然というべきかもしれません。  つまり、私たち人間が関心を持つことで、自然を今より素晴らしいものに変えていくことができる可能性が出てくるのです。  今からのアセンションの時代、地球、つまり自然と繋がって生きていくことで、私たちも豊かに幸せに生きることができるそうです。  私たちがなぜ地球の大地に立っているのか?

という視点で、次回は書いてみようかと思っています。 

人生が動き出す芽吹きワーク🍃眠っていた可能性を「現実で動く形」に変える

人生が動き出す芽吹きワーク🍃眠っていた可能性を「現実で動く形」に変える先月の仙台ライトワークでは、人の手が加わってこその自然の美しさというものに気付き、感じてきました。 それは、太古からの人の生き方であり、それこそ自然そのものでもあると捉えることができました。 特に日本は昔から太陽、海、また、山に始まり、木や岩など、自然における万物に神聖さを見出し、 その神聖さを見出せる人の生き方こそが、倫理観や美として受継がれてきたものでもあります。 そこで、気付いたのは、 自然が美しいと、人も美しくなり、また、人が美しいと自然も美しくなるのではないか?ということです。 ではもし、 自然が美しければ人も美しくなり、 人が美しく在れば自然もまた美しくなる そんな相互作用があるとしたら—— あなたの人生そのものも、 もっと自然に、もっと調和した形で開花していくのではないでしょうか。 このワークは、そんな視点から生まれました。 このワークは、3段階から出来てます。(完全遠隔) 🍃第1段階として、あなたと地殻を繋ぐことで、あなたの潜在的に持つポテンシャルを引き出しやすくし、今世のあなたのやりたいことが出来るような可能性を集めて『種』にします。 🍃第2段階として、その「種」をあなたが抵抗なく芽吹かせることができるようにあなたとあなたの活動する土地と環境を調整します。 🍃第3段階として、その種が芽吹いて育つように、あなた自身とあなたの活動する土地を繋げるワークをし、調和させます。 このとき、私が13次元で育てていたオーロラに輝く七色の花も活用します^^(目に見えませんが、スターシードの方が華やかに生きやすくなるような効果が見込めます。) 私は元庭師であったことから、菜園やガーデニングをしております。 経験上、種まきをしても、土地が合わないと芽吹くことはなく、仮に芽吹いたとしても、成長せずに枯れてしまうこともありますので、土地の形状や土壌を整えてから種を蒔きます。同じ種を蒔いても、種によって同じように育つとは限らないことも考慮し、作業を進めます。 この春もそんなことを考えながら種まきをしていたとき、 人間のポテンシャル(種)もそれに似ているのではないか?と気付きました。 また、それならば、土地と人の双方に働きかけることで、お互いにウィンウィンの関係になるのではないか?と気付いたのです。 種とは可能性(ポテンシャル)であり、設計図であるからです。 このワークでいう「種」とは、お申込み時点で、あなたが地上で成し遂げたいことをまとめたものです。 私たちは、幾度も生まれ変わり、様々な経験をして得てきた様々なポテンシャルが潜在し、実にたくさんの生き方の可能性を秘めているものです。 植物の「種」も、人間の「遺伝子の可能性」も、 どちらも完全な無から生まれるのではなく、すでに内包されている設計図が展開されるものです。 植物で言えば、種の中にはすでに どんな形で芽を出すか 、 どんな環境で強く育つか 、といった情報が折りたたまれています。 そして水・光・温度などの条件が揃ったときに発芽します。 人は“種を創る”というより、どの種を発芽させるかの条件を生きている存在 とも言えます。 ただし一つ面白い違いがあります。 植物の種は基本的に「一つの完成形」に向かって成長しますが、 人間は可塑性が非常に高いため、 「 どの種を育てるか 」「どのタイミングで発芽させるか 」「どこまで伸ばすか 」にある程度“選択の余地”があります。 つまり、 植物は設計図に沿って展開する存在 、人間は設計図の中から「どの物語を現実にするか選び続ける存在」という違いです。 参考までですが、 鍵になるのは、エピジェネティクスという考え方です。これは「DNAの配列そのものは変わらなくても、どの遺伝子がオンになるかは環境や経験によって変わる」という仕組みです。 たとえば ストレスの多い環境 → 防御や警戒に関わる遺伝子が働きやすくなる  安心・栄養・愛情 → 成長や回復に関わる遺伝子が働きやすくなる つまり人間は、「環境に応じて、その都度“使う遺伝子”を選びながら生きている」とも言えるでしょう。 面白いのは、人間の脳と身体には変化する力があることです。 経験・意識・習慣によって、神経回路や身体の反応は実際に変わると言われています。 これは、私たちと自然の在り方を見直すワークでもあります。 あなたがやりたいと思ったことが、自然と調和していき、美しい地球へ導いて行けることが狙いです。 人がそこに生きているからこそ、自然も輝き、自然が輝いているからこそ、人も輝く。 自然とは、万物が自ずから生まれ、変化し続ける働きであり、そこに人も含まれていると考えます。 人と自然の在り方を思い出し、新時代の在り方に変化していくプロセスでもあります。 🌱このワークで得られるもの ・自分が進む方向が明確になる ・今いる環境の意味が理解できる ・無理なく動き出せる感覚が生まれる ・自分の力が自然に発揮され始める 🌿こんな方におすすめ ・何をやりたいのかわからない方 ・やりたいことはあるのに、なぜか現実が動かないと感じている方 ・自分の可能性をもっと自然に開いていきたい方 ・今いる場所や環境に意味がある気がしている方 ・環境を変えるのではなく、活かしたいと感じている方 ・頑張るほどズレていく感覚がある方 ・無理や根性ではなく、流れに乗って生きたい方 ・自分の中にある“眠っている力”を感じている方 ・繰り返すパターンから抜けたい方 ・自然や土地とのつながりを大切にしたい方 ・感覚的なものと現実を一致させていきたい方 ・「なぜ今ここにいるのか」を腑に落としたい方 ・魂の誓願に沿った生き方がしたい方 ・自分の人生を、自分のリズムで育てていきたい方 ・これまで色々試してきたのに、どこか決定打がなかった方🌿お申込みの流れ  ① お申込みフォームより必要事項をご入力ください  ② 自動返信メールが届きます
 記載内容に沿ってお支払いをお願いいたします ③ ご入金確認後、ご希望日の【23時】より遠隔ワークを行います  ④ ワーク中・ワーク後ともに、特別に行っていただくことはございません
 普段通りお過ごしください  ⑤ ご感想をお寄せいただいた方には 成長を促すドラゴンプロテクションをお送りします。

自分の喜びに対しての構え方を捉える

10年ほど前、スピ活の場で出会った人がありました。あるリーブスの陰陽師さんの開催してくださった場で、付いてくれている高次元の存在や、必要なメッセージを降ろしてくださったり、ワークを行ってくださる、そんな素敵な場でした。何回か開催してくださったので、私は毎回学びのためにも、自分を知るということをしたくて、出席させてもらってました。にぎやかな街の一歩入ったところの、ひっそりと森の中のような場所での集まりでした。10人に満たないその集まりの中で、何回かご一緒した方がいました。その方とは顔も背格好も似てなかったと思うのですが、とても魂が似ているのか、部屋に入るときに、集まった方々から、同じ人が入ってきたのかと思ったとか、何度か間違えられたのです。ワークやメッセージもシェアリングのような形で行われたのですが、その方に降ろされたメッセージが今でも忘れられないでいます。「鳥の声や、そよそよと吹く風を楽しむだけで充分」え?それだけ?と、その人も聞き返していて、それだけすればいいと陰陽師の先生は仰ってたんですね。たぶんその方は忙しく働かれていて、心に余裕を持たずに懸命に過ごされていたのだと思います。自分にとって喜びを見出すことって、案外シンプルなことなのかもしれません。それを聞かせていただいてから、私も自分の中に余裕をもって生活したいと思うようになりました。今は時間が余れば、隙間を埋めるように動くより、隙間時間で休むようにしています。それは初めの方は難しかったです。時間がもったいないと感じてしまうからでした。その時、私は体を動かすようにと言われましたが、SVでいまだに言われます、、笑主に陰陽師で体を動かすことが私は好きみたいですが喜びのまま出来てないみたいです。陰陽師で風を捉えて舞うことが、私の喜びに繋がっています。感じていてもどこかで恐れている自分もいて。自分でもしてますが、人様の手を借りたりして、封印を解除し続けています。人間って一筋縄ではいかないですね。自分自身の喜びを見出すことって、かなりの抵抗があるんだなと、今だから思える今日この頃です。自分の喜びを見出していけることは、生きる原動力と豊かさに繋がります。自分の喜びを受け入れていくことって、自分軸の確立でもあるんですよね。すなわち、覚醒、自分の喜びに目覚めることで、生きやすくなる。世界が変わっていく。今から思い返しても、そのスピ活がとても楽しかったですね。陰陽師って何だろう、陰陽師ってすごい!と思っていましたが、自分自身が覚醒してから、あまり実感はなく。私は私らしく、私も含めてお一人お一人の、本当の豊かさへの追及を、楽しむ場として提供していきたいなと改めて思いました。覚醒するのは楽しいことだけではないのですが、結果的に喜びに繋がるので、自分自身が理解できる楽しさというものも提供することを目的に、ここを開いています。

自分の喜びに赦しを出すことで

私は自分の喜びがわからずに生きてきました。幼少期、かなりの天真爛漫だったことから、常識を重んじるように育てられた経緯もあり、自分の気持ちというのは、反発心だけが育っていったと言っても過言ではないと思います。なので、何が自分にとって大切なのかわからない、何がしたいのかわからないという時期が長かったのです。楽しいと思って笑っていても、何かが違う。仕事を頑張っていても、何かが違う。私のやりたいことはこれではない、という思いがずっと腹の底でうごめいていたのです。今から思えば、自分の喜びというものを感じたのは、美しい石の結晶に出会った時でした。眺めれば眺めるほど美しく、見つめるたびに表情が変わる。その中に生命を見出すというか、石というものにも意識があるのではないかと思った瞬間でもありました。もともと新しいことを始めるのは大好きでしたが、「美しいものを見つめる、手に入れることが罪」だと思い込んでいる自分にも気付いたのです。何かその未知のものに出会った時のワクワクが、それを赦すきっかけを作ってくれました。美しいものを手に入れてはいけない、綺麗なものを意識してはいけない、そんな呪いのような思いが私の世界を狭めていました。しかし、世界は見れば見るほど美しい。自分にわずかな赦しを始めた直後から、空の美しさに惹かれて写真を撮り始めました。空の次は緑。石はなかなか美しさをうまく写真に収められないので、直に見ることが一番ですね。その点でも人に似ているなと思います。人も直に会えるのが一番美しさがわかりますからね。話は逸れましたが、自分の中は思ったよりいろいろ制限しているものです。本当に見たいものを見て生きたいと今は意識して思います。人でも石でも、生き生きしている様子は美しい。それを見ることが私の喜びなのだと思います。

聖人を目指すことは

スピリチュアルに目覚めた時、私は聖人になろうとしました。聖人というものの表面を見たまま、「良い人」になろうとしました。しかし、聖人になろうとすればするほど、自分の中の闇が見えてきたのです。ひと生まる時、天より神と鬼を授けて魂魄(たましい)となすこれは、古文、ホツマツタヱの一文を抜粋したものです。魂=精神・天に宿るもの魄=肉体・地に属する生命力私たちは地上に降りてくるとき、自分の中でさえバラバラに分かれて「人間」として生まれてきます。それはたぶん、光と闇の配分をうまく組み合わせて、新たな創造へ導くためだと私は思っています。随分と緻密なパズルゲームです。闇も認識しなければ、変化することもないのです。しかし、闇が変化すれば、光の色や強さも変わるということではないかとも思います。自分の中の闇を享受することが、自分の持つ光を享受できる唯一の道ではないかと思います。そのために私たちは今生きているのではないか。自分軸という話に戻ると、それぞれが持ち合わせている光と闇は独自なものになりますので、多種多様に変化可能であるのです。万華鏡のように。持っているパーツで様々な紋様が描けるのです。聖人になろうと出家するような行為は、昔の修行と言われるものに近いですね。そうではなく、自分の持ち合わせているパーツをどう組み合わせていけるかが、今は重要だと思うのです。ただ、自分の軸(何がやりたいか、何を目指すのか)がわからない状態だと、そのパーツはまるで部屋に散らかっているように、汚く、いらないものだと感じるのと同じです。目的というものか、あるいは希望のようなものを芽生えさせるように、当方では自分軸を整えていくワークを提供しています。自分というものをまるっと受け入れるには時間がかかります。前世では、悟りを開けない自分に対して苛立ち、しかし、全てをゆるすという境地に達するまでには長いこと時間がかかりました。人に対して、良いことだと思ってした行為も、相手を傷つけていたのかもと、悩むこともあります。しかし、その自分の辿ってきた軌跡をすべて糧にして、今後に生かしていきたいと思うとともに、ここにご縁をくださるみなさまの軌跡を同じように最善の糧にしていけるお手伝いができればと思っております。聖人を目指す時代ではなく、自分自身を見出す時代です。それが、結果的に、聖人に近づくという軌跡をたどるのだと思うのです。

あなたにもできる世界貢献とは

かたくなに自分を曲げないという人はある意味軸があると思いますが、ここでいう自分軸とは少し違います。ここでいう自分軸を持っている人というのは紛れもない自分として生きていること、というと漠然としていますが、自分の喜びに対して責任を持って生きている人。誰から言われたわけでもなく、ただただ自分の純粋な気持ちに沿って生きている人。この社会生活の中で「そんなことできるわけない」と思って我慢していませんか。自分の気持ちを大切にするって案外単純なことで、「疲れたな」と思ったら、1分でもいいので、目をつぶって、「私疲れているね」と、自分で自分をねぎらってみる。「あの人に嫌なこと言われた」と思ったら、同様に、「嫌な気持ちになっているね」「どうして嫌な気持ちになったのかな?」など、その気持ちに1分でも寄り添ってみる。「好きだな」と思ったら、人に知られたくないとか、恥ずかしいと思っても「好きなんだね」と自分は認めてあげる。自己受容です。これは、結果的に体の健康にも繋がってきます。私自身は自分の気持ちを振り払うように、なかったように過ごしてきてしまって、結果、体にその負の蓄積が悲鳴を上げたという経緯があります。見ないふりをしていても、自分は常に「感じて」いるのです。自分で自分をわかってほしいから、体が悲鳴(痛みなど)としてサインを出す。心と体は連携しています。もう少しいうと、体に宿る魂も、そしてそれを内包する地球や宇宙も連携しているのです。あなたが自分の軸を整えて、本当の自分の愛の方向性を定めて行けるなら、間違いなく世界貢献になるのです。世界貢献というと捉えにくい方も多いと思いますが、あなたが整うことで、お子さんなど家族の心身の健康にも繋がってくるのです。私たちはそれぞれお役目が違うので、それぞれの人間として生きていますが、「チーム地球」であり、共同体なのです。家族のためと言って、自分を置き去りにして、いつも疲れているのは、本当に家族のためになっているのでしょうか。私自身も家族のためと苦労して頑張ってきたことも、自分が心から喜び楽しんだことも、同じだけ子供に受け継がれていくような気がします。だからこそ、多くの人にもそれぞれが楽しんで生きるということを繋がていくといいのではないかなと心から思います。生きていることは普通にしていても悩みは尽きないし、相当大変。そんな中で、自分軸を見出していくことは、自分の愛の方向性や喜びを見出すことなので、非常に大切であると思います。世の中は戦争も起きていて、混乱が出ています。感情に流されずに自分の深い部分の「愛」、つまり自分軸を覚醒することは、この広い世界の小さな1点かもしれませんが、宇宙に広がっていく喜びのフラクタルの源泉にもなりうると思っています。