あなたは今、誰の衣裳を着ていますか?



あるアイドルの衣裳展に行ったのです。チケットを取るのは大変でしたが、複数回行くことができたんですね。

狭い空間にきらびやかなコンサート衣装が並び、ライブでは遠くからしか眺めることのできないものでしたが、間近で見ると、細部までとても手が込んでいるのがわかり、感激しました。


その時、ふと思ったのです。

本当の自分に覚醒していくって、きらびやかな衣装を着るのに似ているのではないか?と。

人生もランウェイに少し似ているのかもしれません。


ランウェイとは、本来はファッションショーでモデルが自分の衣裳を披露しながら歩くための道のこと。


人は誰もが、生まれた瞬間から自分だけのランウェイを歩いています。

幼いころは、

「○○さんのこども」という衣装を着ています。


成長するにつれて、周りと同じ衣装を着たり、誰かに似合うと言われた服を着たり、

時には誰かの期待という重い衣装を着て、自分だけのランウェイを歩み進めているのです。


それは決して無駄なことではないと思います。


さまざまな与えられた衣装を着てみたからこそ、

「これは私ではない」

「これはどこか心地いい」

「私はこうありたい」


そんな感覚が少しずつ育っていくからです。


そしてある時、

誰かに選ばれた服ではなく、

自分で選んだ服を身に付けて歩き始める。


それが、自分という存在の芽吹きなのかもしれません。


オリジナルな自分で仕立てた衣装は、他人からはわからない細部も凝った作りになっていて、その都度、作り直していける。


言葉に「衣食住」というものがありますが、「食衣住」じゃないのを私は不思議に思っていたんです。

本来の意味がどうだかわかりませんが、順序として逆じゃないかな?と。

食べなければ生命活動が出来なくなるので、食が先じゃないかと。


しかし、その衣装展で降りてきた感覚に、その言葉がしっくり来たんです。


生きるために、一番は自分はどうあるかが、「衣」であるならば、納得です。


私にとって「衣」は、本来の自分(すなわちスターシードボディまたはライトボディ)

を肉体にまとう、というものがしっくり来たのです。


  どんな自分として生きるのか。

 何をまとい、 何を表現し、 どんな存在としてこの世界に立つのか。 


 それが定まることで、 食べるものも、 住む場所も、 人生そのものも変わっていくように思うからです。 



 一般的には「衣」と聞くと、 見た目や装飾、 あるいは何かを覆い隠すものを連想するかもしれません。


 けれど私にとっての「衣」は少し違います。

 それは本来の自分を隠すためのものではなく、 むしろ本来の自分を表現するためのもの。 


 魂が持つ固有の輝きや、 その人だけの周波数や在り方を、 この世界で表現するためにまとうものです。 


 だから芽吹きとは、 新しい誰かになることではなく、 自分の着たいと思ってコツコツ仕立てていた素晴らしい衣装を着て、

自分だけのランウェイを颯爽と新たに歩き始めることなのかもしれないと、衣装展でしみじみと感じたのでした。


ほしのやしろ TOMOKO

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