私は好きな私を選ぶために


先日、猫ちゃんは?大丈夫ですか?と御声掛けいただきました。

ありがとうございます、以前よりも元気になりました。

猫ってヒーリングをすると、それ以上に愛情を返してくれるということも今回わかりました。

以前よりも交流しやすくなったというか、通じるようになったと言いますか。

ヒーリングって改めて素晴らしいなと思います。


さて、前回、自分だけの人生はオリジナルな衣装をまとうランウェイという話をしました。

結構これって深いなあと思うのです。

日本は制服文化がありますね。

学校や会社で制服があるのは世界的にみても珍しいことだと思います。

世界で見ても、軍隊やスポーツのユニフォームぐらいですかね。

衣服をそろえるというのは、何かこの精神的にも統一できるというか、ある種のまとまりというか、一丸となって何かをやり遂げるなどの目的があると思います。

制服とは、何かをやり遂げるための衣服なのかもしれませんね。


量子力学には、 「観測されるまで状態は確定していない」 という有名な考え方があります。

 電子は観測されるまで、 粒なのか波なのか、 どこにあるのかさえ確率としてしか存在していません。 

 そして観測された瞬間に、 ひとつの状態として現れます。

 

私は、この考え方にどこか似たものを感じるのです。


 私たちは成長する過程で、 親から見た自分 先生から見た自分 友人から見た自分 社会から求められる自分 様々な観測を受けながら生きています。 


 すると知らないうちに、 「私はこういう人だ」 という姿を引き受けるようになります。

制服などで、私はこの学校の生徒だと認識し、本当の自分ではないもの、つまり一部分を自分として認識しています。


 しかし本来の私たちは、 もっと多くの可能性を持っているのかもしれません。 


 人生というランウェイを歩くことは、 単に服を着替えることではなく、 

 「私は何者として存在するのか」 

 を観測し続けることなのではないでしょうか。

 私は優しい人なのか。 私は挑戦する人なのか。 私は創造する人なのか。 私は誰かを癒す人なのか。 


 その問いを持ち続けるたびに、 私たちは自分という可能性の中から、 ひとつの姿を現実にしていくと思うのです。


衣服は視覚で捉えて、確認する。

本当の自分は、第3の眼で捉えて、確認する。


だから私にとって、 オリジナルの衣装を着るとは、 流行に合わせることでも、 誰かの真似をすることでもありません。 

 真摯に自分の全てを観測すること。 


 そして、 「私はこれだ」 と選び続けることです。 

人間として生きていくには、自分がこれだと思ったパーツを集めて、デザインして、

縫い合わせていくように思えてなりません。


 量子力学的に言えば、 無数の可能性として存在していた自分を、 自らの意識によって現実化していく作業とも言えるかもしれません。 


 芽吹きワークをさせていただいていて思うのですが、

芽吹きとは、 新しい自分になることではなく、 もともと存在していた無数の可能性の中から、 「これが私だ」 という衣装を選び、 その姿を世界に表現し始めることではないかと感じています。 


ただ、斬新なデザインのものを初めて着て歩くのは勇気がいるし、怖いことなんだなと思います。

しかし、それはあなただけが本当に望んだ結果でもあり、過程でもあるんですよね。


 それは、まだ誰も見たことのない、 あなただけのランウェイなのです。

ほしのやしろ TOMOKO

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