宇宙はお祭り?
一枚の絵を眺めていて、ふと思いました。
「なんだか、お祭りみたい。」
光が集まり、 それぞれ違う色が踊り、 誰一人として同じではない。
宇宙は、もっと静かで神秘的なものだとイメージしていますが、本当は捉え方によってさまざまなのかもしれません。
もし神が、自分自身を知るために宇宙を生んだという話。神聖幾何学の説明にも使われるお話ですが。
宇宙とは、 壮大な実験場であると同時に、 生命が喜びを表現する、お祭りのような場所なのかもしれません。
豊かさには、さまざまな形があるのではないかという話を以前のブログで書きました。
この世界には、さまざまな豊かさがあります。
競争の中で勝つ豊かさ。 権力を持つ豊かさ。 多くを所有する豊かさ。
それらも、一つの経験なのでしょう。
けれど私は、忘れてはならない豊かさがあるように感じています。
安心して笑えること。 違いを認め合えること。 自分らしく生きられること。
誰かを支配しなくても、自分の光を表現できること。
そんな豊かさです。
このブログを読んでくださる方はすでにご承知かと思いますが、私は神話が好きです。
そして、SFの世界も好きです。
なぜこんなに惹かれるのかを思うとき、そこには自分の中に表現しきれない思いを表現してくれているからかもしれません。
例えば、映画『スター・ウォーズ』には、光と闇の葛藤が描かれています。
神話にも、神々の争いや葛藤があります。
私は、それらを「歴史の事実」として語りたいのではありません。
むしろ、 人間の心の中にある葛藤を映した物語 として受け取っています。
支配したい心。 恐れ。 愛。 赦し。 そして、それらを超えていこうとする意志。
それを、今なぜ覚醒なのかを思うとき、腑に落ちたからです。
私は「覚醒」という言葉を、 特別な能力を得ることではなく、 むしろ、
自分の恐れに気付き、 自分の無意識の反応に気付き、
「私は本当は、どんな世界を創りたいのだろう。」
と問い直せることが覚醒の始まりだと体験から実感しています。
その積み重ねこそが、「覚醒」になっていくのであり、それは果てしなく続いていく旅でもあると思うのです。
私が覚醒の始まりと同時にエネルギーワークに惹かれた理由も、ここにあります。
見える行動だけではなく、 その人の心の奥にある思い込みや、 長年繰り返してきた反応の癖に光を当てること。
例えば私なら、体調を崩しながらも、 「相手を喜ばせなければ。」 という反応を繰り返していたことに気付くことも、その一つでした。
自分の体調にはなかなかピントが合わなかった。
そのピントを合わせていくのって人間をやっていて、ものすごく難しいのだなと体感しました。
自分の中がさまざまに豊かであるからこその難しさ、ともいえるのだと思います。
どんなに闇に見えても、元は光なので、散らかっているだけの愛と光を見つけることができる。
しかし、それをひとまとめにすることの難しさがあるんですね。
その難しいところをまとめていくのが芽出しワークの醍醐味でもあります。
内側のエネルギーの流れは、あっちこっちと取っ散らかっていて、それが一丸となって光に変わることで、 世界の見え方も変わっていく。
私は、その変化を大切にしています。
一人ひとりのオリジナルな光が、宇宙のお祭りを創る。
アセンションに向けて宇宙は、一色ではありません。
一人ひとりが違う色を持っています。 だからこそ、美しい。
私は、これからの世界が、 誰かの光を消して成り立つ世界ではなく、 それぞれの光が安心して輝ける世界になってほしいと願っています。
もし宇宙がお祭りなら、 主役は誰か一人ではありません。
私も、あなたも、 それぞれが違う光を灯す存在です。お祭りは楽しいですよね。
その光が集まったとき、 宇宙はきっと、今よりもっと豊かで、美しいお祭りになるのでしょう。
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