受け取りやすい形と受け取りにくい形は
先日、母とのやり取りを通して、あることに気付きました。
母は私を大切に思ってくれている。 それは、おそらく本当なのだと思います。
でも、その愛情は、私が受け取りたい形とは少し違う。
私の誕生日だから一緒にケーキを食べたいと言ってくれました。
でも、私が近々は忙しいと伝えても、 「明日は?」 「今からは?」 と誘ってくれる。
母にとっては愛情なのです。
でも、私にとっては、 「私の予定と気持ちはどうだろう。」 という部分が抜け落ちているように感じます。 応じたくても応じられない。思えば、幼いころからそんなことの繰り返しでした。
だから、愛情を向けられているのに、苦しくなってしまう。
ふと思い出したのは、無条件の愛の講義でした。
愛は、様々な形があり、親から子への愛は、無条件の愛ではなく、様々にある愛のかたちの一つであり、受け取れる人が限定されます。
愛にも受け取りやすい形と、受け取りにくい形があるのですね。
もしかしたら、人それぞれ「愛の注ぎ口」があるのかもしれません。
平たく例えると、愛のエネルギーの使い方ということになるのでしょうけれど、
まっすぐに流れる人もいれば、 少し曲がって流れる人もいる。
勢いよく注ぐ人もいれば、 静かに染み込ませる人もいる。
母の愛が悪いわけではない。 ただ、その注ぎ方が、私という器には少し強すぎた。
私という器には強く注がれてしまい、全て外に弾かれて出てしまうようなイメージ。
近すぎるからこそ、 愛の全体像が見えないし、覆いかぶさるように勢いよく流されるエネルギーは子供の私にとっては恐怖にも感じられたのかもしれません。
そんな経験から、 このことを考えていると、 お金も同じなのではないかと思いました。
お金も、ただのエネルギーだと言われます。
でも、お金というエネルギーにも、 受け取りやすい人と、 受け取りにくい人がいます。
お金を受け取れると愛をより感じることができるよ、
とSVで指導を受けたこともあります。
愛もお金も元は同じエネルギーなんですね。
褒められることは受け取れるけれど、 助けてもらうことは苦手。
物をもらうのは平気だけれど、 時間をもらうことは申し訳なく感じる。
人によって、受け取りやすいエネルギーは違うのです。
学校でも、 算数が好きな人もいれば、 社会が好きな人もいるように。
私たちは、 それぞれ違う情報や体験を受け取りながら、 自分という存在を育てています。
神は、自分を知るために宇宙を生んだと言われています。
神は、自分という光を知るために、 宇宙を創造した。 そんな考え方があります。
一つの大きな光を、 無数の命へと分け、 さまざまな経験を通して、
「愛とは何か」 「喜びとは何か」 「違いとは何か」
を知ろうとしている。
もしそうだとしたら、 母と私が違うことも、 上司と私が違うことも、 負の体験ではないですね。
違いは、豊かさかもしれないということ。
私たちは、 「合う・合わない」 を問題として捉えがちです。
でも、 違いがあるから、 初めて見える景色があります。
受け取りやすい愛もあれば、 受け取りにくい愛もある。
理解しやすい人もいれば、 最後まで分かり合えない人もいる。
それでも、 その違いがあるからこそ、 宇宙はこんなにも豊かな表情を見せている。
神が知りたかったのは、 完璧に同じ世界ではなく、 無数の違いから生まれる美しさだったのかもしれません。
だから今日も、 誰かと違うことを、 少しだけ恐れずにいたいと思います。
なぜならそれは、宇宙の豊かさの証であるからですね。
それはきっと、 宇宙が、そして私たち自身も、自分自身を知るために描いた、 大切な一つの模様なのです。
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