思いがけず”罪悪感の正体”に触れた話
通っていたヨガをやめることにしたんです。
通うのが億劫になってきていて、距離もあるし、家でもできないことはないし…と思って退会手続きをしました。
手続きはほんの数分。あっさり終わって何の感慨もなく家に帰ってきました。
でも、その日の夜、
なぜか猛烈な後悔に襲われて。
「なんでこんなにもやもやするんだろう…」
掘り起こしていくと、
心がざわついたのはヨガをやめたそのことよりも、それまで気づかないふりをしていた「いろんな気持ち」がいっぺんに顔を出してきたからだったかもしれません。
ヨガは大好き。
心も体も整っていく、私だけの時間。
家族が働いているクラブだったので、会費もとてもリーズナブル。
そのことにちょっとした”特別待遇感”もあって
どこかで「私だけが得をしている」ような、後ろめたさも感じていました。
それに最近はお米の値上がりに加えて様々なものがこぞって値上げっている中で、
家族の中で
「私だけがヨガにお金をかけるって、どうなんだろう…」
そんなふうに、心の奥で自分を責める気持ちもあったのです。
辞めるという選択をすることで、その”罪悪感”から逃れたかったのかもしれません。
思えば私はずっと
「やりたいこと」と「ゆるされること」のあいだで大きくも小さくも揺れ続けてきた気がします。
後悔って、ただ過去の失敗を責めているだけではなくて
”本当はどうしたかったの?”って、心が問いかけてくるサインなんだと思います。
そうやって内側を見つめていったら
少しづつ、あたたかい光が戻ってくるような感覚がありました。
地球で生きていると
時にはこうして、闇の様な気持ちに飲み込まれそうになることもあります。
でも、その中にこそ、気づきや光が眠っているのではないかと実感しました。
正直、ここ最近はブログに何を書けばいいのかわからなくなっていて、やりたいことはあふれているのに言葉が見つからない、そんな状況でした。
本当の自分に還る場所、魂の記憶を思い出す場所として、この場を提供したいのだと改めて心にとめて、この文を書いています。
自分で自分の居場所をつくことができるように。
お読みいただきありがとうございます。
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