聖人を目指すことは


スピリチュアルに目覚めた時、私は聖人になろうとしました。

聖人というものの表面を見たまま、「良い人」になろうとしました。

しかし、聖人になろうとすればするほど、自分の中の闇が見えてきたのです。


ひと生まる時、天より神と鬼を授けて魂魄(たましい)となす


これは、古文、ホツマツタヱの一文を抜粋したものです。

魂=精神・天に宿るもの

魄=肉体・地に属する生命力


私たちは地上に降りてくるとき、自分の中でさえバラバラに分かれて「人間」として生まれてきます。

それはたぶん、光と闇の配分をうまく組み合わせて、新たな創造へ導くためだと私は思っています。

随分と緻密なパズルゲームです。


闇も認識しなければ、変化することもないのです。

しかし、闇が変化すれば、光の色や強さも変わるということではないかとも思います。


自分の中の闇を享受することが、自分の持つ光を享受できる唯一の道ではないかと思います。

そのために私たちは今生きているのではないか。


自分軸という話に戻ると、それぞれが持ち合わせている光と闇は独自なものになりますので、多種多様に変化可能であるのです。

万華鏡のように。持っているパーツで様々な紋様が描けるのです。


聖人になろうと出家するような行為は、昔の修行と言われるものに近いですね。

そうではなく、自分の持ち合わせているパーツをどう組み合わせていけるかが、今は重要だと思うのです。


ただ、自分の軸(何がやりたいか、何を目指すのか)がわからない状態だと、そのパーツはまるで部屋に散らかっているように、汚く、いらないものだと感じるのと同じです。

目的というものか、あるいは希望のようなものを芽生えさせるように、当方では自分軸を整えていくワークを提供しています。


自分というものをまるっと受け入れるには時間がかかります。

前世では、悟りを開けない自分に対して苛立ち、しかし、全てをゆるすという境地に達するまでには長いこと時間がかかりました。

人に対して、良いことだと思ってした行為も、相手を傷つけていたのかもと、悩むこともあります。

しかし、その自分の辿ってきた軌跡をすべて糧にして、今後に生かしていきたいと思うとともに、

ここにご縁をくださるみなさまの軌跡を同じように最善の糧にしていけるお手伝いができればと思っております。


聖人を目指す時代ではなく、自分自身を見出す時代です。

それが、結果的に、聖人に近づくという軌跡をたどるのだと思うのです。

ほしのやしろ TOMOKO

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